山中鳴弦会のページ・R4年度

管理責任者:山中鳴弦会会長
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『山中鳴弦会の紹介』

山中鳴弦会会長
平成24年7月30日
上田 良成


 1.活動状況
     活動場所は山中弓道場です。
     毎週 月、水、金曜日午後7時30分から定例の練習日として、
     三々五々、夕食後、会員の皆さんが集まってきます。
     毎月第一水曜日は山中鳴弦会月例射会です。矢渡、第一及び第二
    介添、優勝者の納射の練習も兼ねています。今年8月で69回目を
    迎えます。
     毎月第二水曜日は加賀市弓道協会の会員の皆様に、当弓道場へ
    お来し頂いて、合同で月例射会を行っています。今年8月で227回目
    を迎えます。優勝トロフィーのペナントに記された優勝者の名前を
    見ると、ある種の歴史を感じさせられます。
     毎年5月上旬から弓道教室を行っています。例年、弓道未経験の
    人が受講されることも多いのですが、今年は既経験者のみが受講
    されており、既経験者の勧誘に力点を置くことも大切かと思っています。
     また、高校生も審査前には練習に来て、指導を受けています。
     毎年夏には、金沢大学医学部の弓道部の部員が近くにある医王寺で
    合宿して、来るべき西医体、その後の全医体に向かって練習します。
     近年、他大学の部員も練習に来られています。
     一年の行事予定をお知らせします。
    1月  新年弓初め  その後、的を金的や扇的、魚の図を貼り付けた
        的に替え、目当ての賞品を得ようと射場は熱気に包まれます。
        会員手製のぜんざいも頂きます。       
    2月  レクレーション。弓道より熱心なことも。 
    3月  山中鳴弦会北陸近県弓道大会打合わせ 
        山中鳴弦会総会
    4月  大掃除、草刈り、芝刈り、安土整備、フェンスペンキ塗り
        山中鳴弦会北陸近県弓道大会、来年度は60回目です。
    5月  弓道教室開講式
        加賀市民体育大会
    7月  弓道教室閉講式


    12月  大掃除、その後 忘年会
    
         予定には記さなかったですが、道場整備や草刈りを適宜、
        行っており、その後、バーベキューで慰労する機会もあります。
         再伝達講習会も行います。

 2.会員紹介
     顧問   川畑拡治 
     会長   上田良成
     副会長  我戸宣夫、下口猛男
     理事長  本川啓二郎
     副理事長 谷口 歩
     会計   河本正巳
     事務局  谷口昭子
     副事務局 本川智佳子
     理事   南 啓子、石原孝二、川瀬良子、金森裕子、
          伊東昭好、森田和哉
     監事   川瀬英機、長谷川康文
     部員数  男子 17名、 女子 10名


『会長のひとこと』

山中鳴弦会会長
平成24年7月30日
上田 良成


     平成15年から、当協会の会長を務めています。
     偉大な範士八段、故高桑秀男先生の後を継いだのですが、弓道は奥が
    深く圧倒されます。
     職業柄からでしょうが、私の夢は地域住民が弓道などのスポーツを
    楽しんで、健康寿命を伸ばすことです。
     当協会は、以前より和気あいあいとして弓道を楽しむことを大切に
    しています。
     それと同時に、至誠と礼節を常に心に銘記して弓道を修練すべきだと
    思います。一般教養を備えた人間的成長は大切なことです。
                          平成24年7月30日




『山中鳴弦会の名称と北陸近県弓道大会の由来』

山中鳴弦会
平成25年4月28日

山中鳴弦会の起源は古く、明治38年頃よりその名称と共に今日までの歴史があり、日露戦争の傷病兵が山中温泉へ湯治に訪れ弓道を始めたといわれている。
会の名称は読んで字のごとしであるが、昔から皇室などで鳴弦の儀といって疫病や悪霊など不浄のものを打ち払うということでその鳴弦を会の名称としたと伝えられている。
戦前より道場は数回の移転を余儀なくされてきて、第二次大戦中はしばらくその活動を中止せざるを得なかったが、終戦となり世情もようやく落ち着いてきた昭和22年に石川県弓道連盟が創立され、このとき自宅等で巻藁稽古で山中鳴弦会の活動を維持していた高桑秀男、要明光、小中末司らが石川県弓道連盟に積極的に参加し、弓道の普及と自己の修練に励んだ。
会員の弓道場実現の熱い思いとその努力が実り、昭和26年に、木造3人立の弓道場が白山神社境内に実現し、その後の山中鳴弦会活動の継続と発展の礎を築きあげた。
小さいながら戦後一番先に新築された山中鳴弦会の弓道場には、県外から多くの弓道人が訪れた。山中が温泉観光地であったことも手伝って、隣県の福井市から清水彦七範士九段や高川毅範士八段が、又、遠くは金沢市出身で東京在住の村上久範士九段が指導に訪れ石川県弓道連盟会員の質的向上に寄与された。
山中鳴弦会の組織もでき、初代会長には当時40歳で錬士五段の高桑秀男が就任した。弓道場が開設され、会員より記念競射大会をやろうという声が湧き上がった。当時交流のあった、福井・富山両県はもとより、滋賀県、京都府などからも参加者がありそうで、大会の名称も大きく『北陸近県弓道大会』と名付けた、大会は途中道場移転のため中止となった年もあったが、昭和27年の第1回大会以来県下で最古の弓道大会として今日に至っている。
平成に入り、国道364号山中バイパスの道路拡張工事が立案され、40年余に渡り風雪に耐えながらも幾多の思い出を刻んだ道場は取り壊される事となったため、新道場の建設が待望された。幸いにも旧山中町当局や旧山中町体育協会の絶大なご理解とご尽力により、平成5年3月、新道場は完成した、水無山を借景に鳥のさえずりが心地よく響く、立派な道場となった。同年4月、早速第1回山中町弓道場開設記念大会、並びに第40回北陸近県弓道大会が開催された。
道場開きでは、当時会長の高桑秀男範士八段が巻藁射礼を、同じく副会長の田嶋清錬士五段(後に六段に昇段)が矢渡を執り行った、その内容は見る者全員を感動させしばしその余韻に酔いしれさせた。
その田嶋副会長が平成13年に、高桑会長が平成14年に、相次いで他界されてしまった。平成15年に山中鳴弦会は再組織化され、新たな一歩を踏み出すことになった。会長に上田良成、副会長に川畑拡冶(後に顧問就任)と下口猛男、理事長に我戸宣夫(後に副会長就任)が就いた。同年4月、第50回山中鳴弦会北陸近県弓道大会を開催し、記念品として、前会長の残した書『静中動』の複製色紙を参加者に贈呈した。
最近では老若男女が新規加入し、新しい力として台頭してきている。彼らから逆に学ばされる面も多く、喜ばしい限りである。このような雰囲気を大切にしつつ、高桑範士の『尽而不求』(尽くして求めず)、田嶋錬士の『以和為貴』(和を以て貴しと為す)を心に刻み会員一同修練に励む所存であります。
(本由来は平成25年4月28日(日)に開催された第60回山中鳴弦会北陸近県弓道大会で紹介配布されたものです。)

協会だより『   』